トキンクラブ

執着もほどほどにね

ネオテニーと坂口恭平

本書を読み進めていくにつれ著者坂口恭平のイメージが、ウーパールーパー*1に見えてきて。 言葉としては「ネオテニー」って言葉がしっくりくる。

大人なんだけれど幼い感性を身体のあちこちに抱えたままの人。

一般成人が大人になる過程で失っていったあるいは忘れていった気持ちや感覚が未だに抜けないでいる。

普通の人だってなにかしらそういう幼いころ感じた非論理的、言葉で説明できない感触を持っているけれど、忙しくてかまってらんないっていうのがホントのところだと思う。

それを坂口恭平は失わずにいて、一般の人にも思い出させようとした本なのかなと思った。

自分が小学生や中学生だった頃の気持ちが蘇る本だ。

娘を見ていると、いままさにそんな気持ちでいるんだろう。

本書は坂口恭平の幼いころから現在までその時々に感じた社会との違和感を時系列で並べたもの。 あちこちに飛び火する思考の流れを理解するのは少々しんどいけれど、時折挿入される南方熊楠やら 躁鬱状態の比喩、いのちの電話本家に抗議された顛末など、体験や知見の面白さは 極普通の人からすると驚きかもしれない。

腫瘍で死にかけたり、躁鬱で自死しようとしたりイベントに事欠かず、家族がいないとどうなっていたんだろうか?と思わずにいられない。

彼の著書はまだまだあるので少しずつ消化していこう。

現実脱出論 (講談社現代新書)

現実脱出論 (講談社現代新書)

*1:実際はネオテニーの例でよく画像が出てくるのはメキシコサラマンダーの幼形成熟個体のイメージなんですけれどね。しかしこの幼形成熟個体の呼称がアホロートルという日本語的に相当インパクトある名前で、調べてて吹いた

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