トキンクラブ

執着もほどほどにね

支離滅裂でもとにかく書く

※7月28日に書いています

読み手に気を使って書いてたらいつまで経ってもいいたいことや思ったことなんて書けない。とりあえず目の前のテキストファイルに文字をドコドコ打ち込んで頭と指の体操をしよう。

やる気ってあるやん。あれって、とりあえずまずなんでもいいので5分間思い切ってはじめれば、すぐに湧いてくるんだよ。そんな仕組み。いつまでもうじうじ何もしないで「何か」を待っていたって、そんなもんはまずこない。こないのだったらこっちから行くべきだ。それも思い立ったら今すぐに。ダイエットだってやろうと思ったら次の食事はサラダチキンとキャベツの千切だけにしてみる。おやつを半分にしてみる。何事も即決、行動あるのみ。行動したものが自分の怠惰な部分を打破できる。行動しないそのままなにも出来ずに時間だけが流れる。

口ばかりってのがいて。なにか目的があってその目的がいかに素晴らしく、そんな素晴らしいことを考えている自分は大変ステキである、とかいってるのだが、それではその目的のための具体的な計画と進捗具合、困っていることや途中経過から感じたアレコレ、もしかしたら方向転換もいいかもな、などこちらの疑問をくい気味で答えてくるような人じゃないかぎり、まあ付き合うのはよしたほうがいいかもね。時間の無駄だもの。そんな人を相手するぐらいなら、古典を読んでいたほうがよほど刺激になる。

最近強く感じてることがあって、それは自己肯定感がないと何事も成功しにくいだろうな、っていう。それがないと、自分の価値を他人の意見に左右されてしまい、側にいる人がそれぞれ正反対のことをいったらそれだけで混乱しちゃう。仕事が辛くてどうしようもないときでも、自分のしてきたことを思い出し、成果を出せてきたことや積み上げてきたことを客観化して冷静に自己評価しよう。ゼロってことはないからね。だったらその場にさえいられなかったわけなんだからさ。

仕事で失敗して非難されたり他の人に成績で抜かれたからといってそれがなんだというのさ。人は人だろ?自分は自分だ。比べることはないんだよ。わざわざ自分から比べにいって自分の能力の低さを見せ付けられ自分でダメージをくうとか、そんな被虐体質はまあ好きならご自由に、って思うけれど健全ではなかろうさ。

自分のことは自分で認めるしかどうやらなさそうよ。神は死んだし、家族はいつまでいるかわからないし、恋人だってそうだよ。命あるものに寄りかかってたら、いなくなったらどうすんの?逆に寄りかかってもらうことで自分を保つ人もいると思うけれど辞めたほうがいいよね。寄りかかられるのしんどいなあ、って卒業しようとしても相手は力の限り依存してくるからな!逃げられると思うなよ、ってこと。それはそれは莫大なエネルギーの消費になるよ。せめて、一緒に生きていく、ぐらいで。相手の荷物を一方的に持ったり持たれたりするんじゃなくて、自分の荷物は基本自分で。たまにしんどいときにちょっと持つのはいい。だけどそれは本来自分で持つもの。回復したら返してあげよう。

この、自分を信じる、自分を認める話、娘にそれとなく伝えているよ。私だっていつまでも生きて見守ってあげるわけにはいかないからさ。せめて、自分の足で立ち、自分を認め、自由に生きていける気概を持って欲しいと思ってる。

いわなくてもどうやら我が家で1番人間が出来ているのは娘、なんだけどさ。

スポンサードリンク